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東京高等裁判所 平成5年(ネ)738号 判決

控訴人

社団法人不動産保証協会

右代表者理事

野田卯一

右訴訟代理人弁護士

鈴木一郎

被控訴人

フォーク運輸株式会社

右代表者代表取締役

高橋勝繁

被控訴人

臼田運輸有限会社

右代表者代表取締役

臼田正雄

被控訴人

小林茂行

右三名訴訟代理人弁護士

荒木和男

宗万秀和

釜萢正孝

近藤良紹

早野貴文

田中裕之

主文

原判決を取り消す。

被控訴人らの請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。

事実及び理由

第一申立

一控訴人

主文同旨

二被控訴人ら

控訴棄却

第二事案の概要

原判決を次のとおり付加・訂正するほかは、原判決事実及び理由の二、三項記載のとおりであるから、これを引用する。

一原判決二枚目表九行目の「協会」の次に「に該当する社団法人」を加える。

二同四枚目表一〇行目冒頭の「原告」を「被控訴人ら」と訂正する。

三同四枚目裏八行目の末尾に「右認証額二〇万円は、前記債務弁済契約公正証書が作成された時点(昭和六三年七月一一日)において農協建設が控訴人保証協会の社員でないとしたならば供託すべき主たる事務所についての営業保証金相当額三〇〇万円から先順位債権者の認証額二八〇万円を控除した残額である。」を加える。

第三争点

本件の争点は、被控訴人らが、控訴人保証協会が供託した弁済業務保証金から弁済を受ける権利の範囲を画する営業保証金の額は、被控訴人らの農協建設株式会社(控訴人保証協会の社員)に対する本件手付金返還請求権の発生時点(遅くとも本件手付金返還債務等の弁済契約公正証書が作成された昭和六三年七月一一日)における宅地建物取引業法施行令二条の四所定の金額(主たる事務所について三〇〇万円)であるか、それとも被控訴人らの同法六四条の八第二項に基づく認証申出時点(平成二年八月七日又は同年九月七日)あるいは被控訴人らの農協建設に対する動産執行時点(平成二年九月一九日)における同法施行令二条の四所定の金額(主たる事務所について一〇〇〇万円―昭和六三年七月二九日政令第二三六号〔同年一一月二一日施行〕による改正により引き上げられた。)であるかである。

第四争点に対する判断

一宅地建物取引業保証協会の社員と宅地建物取引業に関し取引をした者(社員とその者が社員となる前に宅地建物取引業に関し取引をした者を含む。)は、その取引により生じた債権に関し、当該社員が社員でないとしたならばその者が供託すべき宅地建物取引業法二五条二項の政令で定める営業保証金の額に相当する額の範囲内(当該社員について、すでに二項の規定により認証した額があるときはその額を控除し、同法六四条の一〇第二項の規定により納付を受けた還付充当金があるときはその額を加えた額の範囲内)において、当該宅地建物取引業保証協会が供託した弁済業務保証金について弁済を受ける権利を有し(同法六四条の八第一項)、右の権利を有する者がその権利を実行しようとするときは、第一項の規定により弁済を受けることができる額について当該宅地建物取引業保証協会の認証を受けなければならない(同条の八第二項)。

そして、宅地建物取引業保証協会の社員は、弁済業務保証金に充てるため、主たる事務所及びその他の事務所ごとに政令で定める額の弁済業務保証金分担金を当該宅地建物取引業保証協会に納付しなければならない(同法六四条の九第一項)。

営業保証金及び弁済業務保証金分担金の額は、昭和六三年七月二九日政令第二三六号によって改正され、営業保証金の額は、主たる事務所について三〇〇万円から一〇〇〇万円、その他の事務所について事務所ごとに一五〇万円から五〇〇万円の合計額に引き上げられ、弁済業務保証金分担金の額は、主たる事務所について二〇万円から六〇万円、その他の事務所について事務所ごとに一〇万円から三〇万円の合計額に引き上げられ(同法施行令二条の四、七条)、改正政令は同年一一月二一日施行された。

そうすると、本件手付金返還請求権の発生時点(遅くとも本件手付金返還債務等の弁済契約公正証書が作成された昭和六三年七月一一日)において農協建設が保証協会の社員でないとしたならば供託すべき主たる事務所についての営業保証金の額は右政令改正前の三〇〇万円であるが、被控訴人らの認証申出時点(平成二年八月七日又は同年九月七日)あるいは被控訴人らの農協建設に対する動産執行時点(平成二年九月一九日)におけるそれは右政令改正後の一〇〇〇万円である。

二そこで、被控訴人らが、控訴人(保証協会)が供託した弁済業務保証金から弁済を受ける権利の範囲を画する営業保証金の額を定める上で基準となる時点についてみるに、右政令改正には改正前に発生した債権について改正後の規定を適用すべき旨の経過規定の定めはない上、弁済業務保証金の還付を受けようとする者が認証の申出をした時点や強制執行に着手した時点を基準とすると、債権発生後に営業保証金引上げの政令改正があった場合、改正政令の施行前に認証の申出を行った者と改正政令の施行後に認証の申出を行った者との間で弁済を受けられる額に差異を生じ公平を欠き、また、有利な取扱いを受けるために認証申出や強制執行の時期を操作することを許容することになり、法的安定性を害し不合理であるから、被控訴人らが宅地建物取引業法六四条の八、二五条二項により弁済業務保証金の還付を受ける金額の範囲を画する営業保証金の額は、債権発生の時点を基準として定めるのが相当である。

この点について、建設省建設経済局不動産業課長の各都道府県宅建業法所管担当部長宛通達(昭和六三年一一月二一日付建設省経動発第八九号)が「保証協会が実施する弁済業務において、引き上げられた後の営業保証金の額(一〇〇〇万円)に担当する額の範囲内で弁済を受けることができる債権は、改正政令施行後に発生したものからである。」(〈書証番号略〉)としているのは相当である。

なお、営業保証金制度創設前に生じた債権についての営業保証金の還付請求の可否について、供託先例(昭和三五年三月二四日付供第六号東京法務局長照会、同年五月一九日付民事甲第一二〇三号民事局長回答)は、宅地建物取引業者と宅地建設取引業に関し取引をした者は、その取引の時期を問わず、すべて、宅地建物取引業法一二条の四(現行二七条一項)の規定による権利の行使をすることができる。」(〈書証番号略〉)としている。

しかし、営業保証金制度と弁済業務保証金制度は、不動産の取引に関する事故が生じた場合、消費者の被害を最小限にくいとめるための消費者保護の制度である点は共通であるが、次の点においては性質を異にしている。すなわち、営業保証金制度は、宅地建物取引業者が不動産取引に関して自ら支払うべき債務の保証として消費者のために提供しているものであり、債権発生後に営業保証金の額が引き上げられ追加供託された場合、還付請求のときに当該業者が現に供託した保証金が存在する以上、その保証金に対する権利の行使を制限する理由はない。これに対し、弁済業務保証金制度は、集団保証の方法により各業者の負担を軽減しつつ、不動産取引により損害を被った消費者の救済を図るものであり、弁済業務は保証協会の業務とされ、弁済業務保証金に充てるため保証協会の会員となろうとする者に弁済業務保証金分担金を負担させ、分担金の積立がその財政基盤となっている。

したがって、制度の趣旨・目的が共通であることから、直ちに還付請求の範囲について営業保証金制度と弁済業務保証金制度とを同列に論ずることは適当でなく、債権発生後に営業保証金・弁済業務保証金分担金の額が引き上げられても、当然に引上げ後の営業保証金の額に相当する額の弁済業務保証金に対して権利を行使することができることにはならないというべきである。

三以上によれば、控訴人が被控訴人らの認証申出に対し、認証額合計を政令改正前の営業保証金相当額三〇〇万円から先順位債権者の認証額二八〇万円を控除した残額である二〇万円(被控訴人ら三名で案分)とする旨通知し、残額五八〇万円(各自一九三万三三三三円)について認証を拒否したことは、保証協会の弁済業務として正当な処理であり、被控訴人らに対して何ら不法行為を構成するものではないから、被控訴人らの本件損害賠償請求は理由がない。

第五結論

よって、被控訴人らの請求を認容した原判決は失当であるからこれを取り消し、被控訴人らの請求を棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法九六条、八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 時岡泰 裁判官 大谷正治 裁判官 小野剛)

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